橋本病

日本人の名前がついた病気はいくつかありますが、橋本病がもっとも有名です。 橋本策(はかる)博士(1881-1934)がこの病気に気づき、明治45年にドイツの医学誌で報告しました。
橋本博士が単独でみつけたので、他の呼び名として慢性甲状腺炎という堅苦しいものがあるにはありますが、別の人の名でよばれることはありません。
世界中の医師がこの病気のことをHashimoto's disease、つまり橋本病とよんでいます。

一方、同じ甲状腺の病気であるバセドウ病は、ドイツ人のバセドウ博士がみつけましたが、アイルランド人のグレーブス博士も別個に見いだしているため、異なる病名(バセドウ病、グレーブス病)で呼ばれるのと対照的です。 さらにマイナーですがパリー病、フライアー二病ともいわれます。
十年ほど前に、ニューヨーク州の小さな町で開かれた甲状腺の学会に出席しました。コーヒーブレークの時に、私がアメリカ人の医師との会話の中で慢性甲状腺炎(chronic thyroiditis)という言葉をつかったところ「なぜ橋本病といわないのか。 なによりもあなたは日本人ではないか。 私は慢性甲状腺炎などという病名はあまり好きではない」といわれました。
橋本病はおそらく、川崎病と並んで、日本人の名前が単独でつかわれている有名な病気です。

橋本策先生のご子息、金沢大学名誉教授の橋本和夫先生には、2000年に京都で国際甲状腺学会が開催された際、海外からの学会参加者十数名を私が京都から引率、奈良市で橋本和夫先生と合流後、市内の名所見学に案内いただきました
川崎病を最初に報告した川崎富作先生(1925-2020)には、先生が日赤医療センター(東京都渋谷区)の小児科部長だった時代に、研修医として小児科をローテートしたときに教えをいただきました。 
いずれも20年または40年以上前のできごとですが、有名な病気の発見者とのご縁はいつになっても宝物です。

橋本病はバセドウ病と同じく、自己免疫現象という身体の中の異常なできごとによっておこる病気ですが、原因はいまだに不明です。 頻度の高い病気で、圧倒的に女性に多く(男性の10倍)、女性の10から20人にひとりはもっています。 ちなみに毎年2月になると悩まされる人が多い花粉症は、地域によって異なりますがおおむね5人に1人の頻度です。

橋本病では甲状腺が腫れることが多いのですが、かなり大きくなっていても本人が気づいていないこともあります。 腫れは甲状腺に慢性の炎症がおこっているためで、例外はあるものの、ゆっくりと痛みもなく本人の知らないうちに進みます。バセドウ病では「自己抗体」が甲状腺を刺激して本来必要な以上の量の甲状腺ホルモンを甲状腺がつくってしまいます。 一方、橋本病では、自己抗体によって甲状腺が少しずつ破壊されていきます。そこで50歳くらいからしだいに甲状腺の働きが悪くなり、その結果甲状腺ホルモンが足りない状態になってきます。

人によっては出産後に甲状腺の働きが悪くなったり、炎症の起こった甲状腺から甲状腺ホルモンが漏れてくるために甲状腺機能亢進症状がでたりすることもあります。

同じ橋本病であってもその程度はさまざまです。ほとんど治療の必要もない状態が30年以上も続くものから、ただちに治療をしないと命にかかわる粘液水腫性昏睡まであります。 220828

(赤須文人著 甲状腺の病気とつきあうQ&A  講談社より)